【読了】ほっこりミステリー (宝島社文庫) [文庫]

 伊坂先生の名があったことと、タイトルに惹かれて読んでみた。

  • 伊坂幸太郎『BEE』

ほっこり出来る、人が死なないミステリーというのは非常に安心出来る。
そんなテーマの中で敢えてアサシンを裏稼業にしている兜を主役に据え
先が気になってどきどきしつつページを捲らせる相変わらずの
センスと描写力が流石。
個人的にはオチがもうひと押しあっても良いかなと思った。
息子がもっと絡んでくるかと思いきや、そうでもなかったようだ。

  • 中山七里『二百十日の風』

これもほっこりというテーマの割には
過去の事故や金などの大人の事情が描かれ、普通のミステリータッチ。
主人公にイマイチ感情移入できなかったが
自分の他作品のスピンオフで短編を書いたのではなく
完全オリジナルで書き下ろしたところに好感を持った。
また、ミステリーというよりはファンタジーだけれども
その分ほっこりできるラストとしてはこの作品が一番だったかもしれない。

  • 神月裕子『心を掬う』

読んでいて疑問に感じるところが非常に多かった。
途中で建物の構造の話をするときに出てくる年代から、
郵便局が民営化される前の話だとわかり、とすれば確かに
今に比べればルーズだったかもしれないが、飽く迄も相対的な話である。

郵便物は完全投函といって、受け箱に完全に入れなければならない。
おしりがはみ出ていたら、誰かに抜き取られるかもしれない。
他の配達業やDMなどだと平気で受け箱からはみ出した状態で突っ込んでいくが、
郵便局だけは絶対にそんなことはしない。
紙切れではなく人の気持ちを扱っているということは、基本的に皆当然思っていることだ。
普通郵便の場合記録に残らないが、それでも手元に届いたものは確実に配達する。
勿論不達の連絡があれば出来る限り調べてくれる。

事件がどうか不完全な状況で人の個人情報を含めた郵便物紛失状況の
リストを送ってくるところが可笑しいし
紛失届というのは存在しない。
警察に出す遺失物届出か、郵便局で扱うのなら不着申告である。
飽く迄も紛失ではなくて、郵便局が配達したはずのものが不着だという
申告があった、ということになる。
不着申告には差出人申告と受取人申告があるが
現金を入れて送っておいて、差出人が受け取ったかと確認をしないのも違和感。
また、現金を輸送できるのは郵便局取扱いの現金書留のみであり、
単に原則ではなく郵便法第17条違反である。
ただし罰則は無く、差出人に差し戻される。

実際にこんなに盗難が起こっていたら、不着申告が増えるはずで
そうなれば局内で徹底的に調査をする。
少なくとも現代では監視カメラもあり、不審人物を洗い出すのは容易だ。
わかっていながら証拠が掴めないから、という理由で放置するなどありえない。
それ以前に、現金を郵便で送るケース自体がさほど多くないし、
その上郵便で送る金額は主に小銭レベルであって
キャバクラで豪遊できるほどの額にも件数にもなるはずがない。

局にもよるかもしれないが仕分け室を仕切りで区切っておいて
わざわざ覗けるように透明なアクリルにすることは無いと思われる。
職員の作業が8時半からではとても間に合わないし、
根本的なことを言えば郵便局は収集はしない。取集である。

このGメンというのは、実在なのだろうか。
古い時代設定としても、郵便局が普通郵便の紛失が多く、しかし書類上は
少ない件数しかまとめておらず
更には紛失の原因が職員の盗難というオチにされるのはあまり愉快ではなかった。
実在する団体と関係ないといくら4編終わった最後に注釈をつけられても、
地検や郵便局の名をあげられると、全くのフィクションで現実の郵便局とは違う、
と簡単に受け取れるのか疑問。

他の本にも収録されている作品というのも、使い回しの印象。

  • 吉川英梨『18番テーブルの幽霊』

所謂よくあるミステリーだが未然に防がれて人が死なない、という感じ。
推理などもこじつけめいていて、自分の好みではなかった。

『二百十日の風』以外は何かの作品のスピンオフであり、
『BEE』は描写も深く、これだけでも楽しめるものの
『心を掬う』と『18番テーブルの幽霊』は本筋の作品のファンの人が
あ、ここにも出てくる、あの人がこんな活躍もしていた、といった感じで楽しむ
感じのもので、
両先生の作品を一切読んだことがない自分にとっては
登場人物たちに全く魅力を感じる事ができなかった。

ネット上のレビューを見ても物足りないという意見が多かったが
私も同意見である。
『BEE』は面白くなりそうなところで終わってしまった感じだし
『心を掬う』と『18番テーブルの幽霊』は単なる短編で、
感情移入が出来るほどの長さも描写もなく、
ほっこりというテーマは良かったもの
それで縛ったせいか中途半端で物足りない短編集となってしまった。

2014.7.15