【読了】首折り男のための協奏曲

「首折り男の周辺」、「濡れ衣の話」、「僕の舟」、「人間らしく」、「月曜日から逃げろ」、「相談役の話」、「合コンの話」
7編が集められた短篇集。

と言っても、元々オムニバスとして書かれたものではなく
あちこちに連載していた短編を集めて加筆訂正したところ
なんとなく緩やかな繋がりが出来た、というものらしい。
筆者のあとがきにあるとおり、確かにある種の工芸品のようで
それぞれの短編で書き方が異なっていてとても面白い。

タイトルは穏やかではないし、本編には比喩でもなんでもなく
人の首を折る男が出てくるにも関わらず
どこかユーモラスでハートウォーミングな内容となっている。

神も仏もいやしない、と思ってしまうような酷いことは
実際には残念ながら起こってしまうわけなのだが
アイヌでいう神様と同じだけれど、神様もよそ見をしたり
他の案件にかかずらって全ての困ったひとを助けられるわけではない。
全知全能の神なのに助けてくれない、というのではなく
そんな人間味のある神様だと思えば、納得がいく。
勧善懲悪の法則は、ないわけではない。
見ているときには、助けてくれる。

これを読んでいたとき丁度、
戦争やいじめがなくならないのは何故
という議論を目にしていたところだったので、

「愛国者で、かつ、戦争反対、というスタンスは矛盾していない。むしろ大半がそうだろう」 
という黒澤さんの言葉にはいちいち大きく頷いてしまった。

熱狂こそが攻撃性を生み出す。敵を作り恐怖を煽れば簡単に熱狂を生み出せる。
怒りは一過性だが、恐怖は継続する。恐怖に立ち向かうために、熱狂が生まれる。さらに言えば、敵自体はいなくてもいいんだ。ローレンツも言っている。架空の敵を用意して、旗を振れば、理性がラッパを鳴らす。そういう仕組みだ 。

攻撃性は本能であり、ストレスはたまるのが当然。
発散させれば良い。
ここまでは発想する人は結構いると思うが、
スポーツだと不得意な人が余計に劣等感を覚えるから
サバイバルゲームか祭りをして、誰にでもある攻撃本能で
敵や鬼と戦わせれば良い、という黒澤さんの発想には脱帽。

「だから俺から言わせれば、学校でいじめが起きるのは当然だ。教室に押し込められて、暴力は抑制されて、みんな仲良くすることを強いられる。ろくに喋ったことのない誰かに対しても、優しくなりなさい、と強要される」
「でも、それは悪いことではないですよ」
「その通り。間違っていない。共同体を維持するためには必要であるし、ほら、さっき話に出た、『平和がいいね』は綺麗ごとではなく、全員の本心だ。ただ、本能として存在する攻撃性は、どこかで発散させてやらないと駄目だ」"

現実には、だからオリンピックやワールドカップがあって
スポーツで国が戦うわけで
学校にサバイバルゲームを導入するのはかなり難しそうだけれど
兎に角その発想はちょっと面白い。

レフェリーの話など、どんな些細な描写にもまったく無駄がなく
流石だと思わされた。
特に合コンの話は技巧が素晴らしい。
ちょっと奇を衒った書き方をするのは誰でもやろうと思えばできるかもしれないが
変わった書き方なのに物語として成立していて、読みにくくもなくて
ちょっとほっこり出来るというのが本当に凄い。

“「でも、それとこれとは違うんだと思う」わたしは言わずにはいられない。「あなたはつらいと感じたんだし、それと、どこかで苦しんでいる別の人のつらさを比べて、泣くの我慢する必要はないでしょ。つらいと思ったのは本当なんだから。わたしたちは、誰かがどこかで大変な目に遭っていても、目の前の生活で一喜一憂していくしかないんだよ。良い くも悪くも、誰もが自分の人生を、大事に、頑張って生きるしかないんだから。だって、わたしなんて、どこかで戦争してようがそんなの気にもしないで、ここでプリンを食べて、挙句の果てに、そのプリンを食べ残したりしてるのよ」”

という加藤さんの言葉や

“「戦争や事件や事故や病気は絶えずどこかにあって、泣いている親たち、悲しんでいる子供たち、そういった人で多分世の中は溢れているんですけど、僕たちは自分の時間を、自分の人生を、自分の仕事をちゃんとやることしかできないような気がします。もちろん、自分のことだけでいい、とか、そんなことなんて知らない、と開き直ってしまうのは違うと思うんですけど」
「ねぇ、不細工。じゃあどうすればいいのよ」と木嶋法子は相手を尊重するのか侮辱するのかわからない態度で訊ねたが、すると佐藤渡は嫌な顔1つせずに、「どうすればいいのかわからないので、いろんなことにくよくよしていくしかないです」 " 

という佐藤さんの答えは本当にそう思うし
そうでないと世界は回って行かない。
どんなに歯痒くても、出来ることをやっていくしかないのだと思う。

この合コンの話は、おしぼりの向きを変えたり
尾花さんと江川さんの間で
初対面を装ってなされる会話がシャレが効いていて、
「一般論として元カレに未練があるか」なんていうのも
読んでいて思わず吹き出してしまった。

明確な結論が出ないところも、自分としては好みだった。

2015.7.11