非現実的と言えるほど突っ込んだ設定や展開を軸に
現実的な日常の心の機微が淡々と描かれていく。

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このパターンが近年の作品には多いように思うが、ちょっと好き嫌いが分かれるかなと思う。
自分は嫌いではないが、昔作品を読んで衝撃を受けたような、この作品の中の文学を愛する先生のように運命を感じるような物語とは、一線を画していると思う。
ばななさんの作品に限らず、突飛な設定とそれ以外の部分でのリアリティのバランスがとれている作品が
フィクションの魅力であり、フィクションだから設定はおざなり、というのではフィクションとして駄目だと思っているので
このあたりのバランスはいつも気になってしまう。
何もかも事実をひたすら書けば良いわけではないけれど
まこちゃんと嵯峨は確かに不遇かもしれないが、貴重な経験を得ていて、経済的な苦労もなくて
親戚は冷たいなりに干渉もせず寄付はしてくれて
随分と恵まれているから、ショッキングな過去も薄れるというか、それ以外は幸せじゃないのかな、そこまで自分たちしかいないと閉じこもる必要はないのじゃないかと
人によっては可哀想ぶりっこに感じてしまう読者もいるんじゃないかなと思った。
筆者自身が日頃仰るとおり、合わない人には合わない作品だろう。

自分はN・Pに打ちのめされて読み漁り、
いっときばななさんの小説があわなくなって離れていて
数年たってまた戻ってきてハゴロモにやられたのだけれど
苦しくなるような寄り添うような感覚にまでは連れて行ってくれない作品が多い。
ネットのレビューで言うほど質素ではなく経済的に余裕があって、だからこその余裕があるというのを見かけて
まこちゃんと嵯峨も、ばななさん自身もそうなのかなとエッセイなどで感じるので
この作品を読んで不快になる人の気持ちも、それはそれでわかってしまう。

まこちゃんの周りの女の子たちの挙動にちょっとドキドキしたのだが、本当に悪い人というのはいなさそうで少し安心した。
赤ちゃんという選択肢以外に、葉月さんの言っていたようにもう少し周りの人を信じた方が
人生は明るくなる気がするが、人それぞれの幸せというものがあるから
ただ幸せを祈るくらいしか他人には出来ないのだろうなと思った。

嵯峨くんのお母さんの手紙はちょっと意外なほど明るくて素敵で
嵯峨を連れて行こうとしていた人とは思えなかった。
彼女が元気なまま子供たちと生きていたら、きっと違った未来があったのだろうと思う。

まこちゃんの
『心に線をひいて、彼らの悲しみがしみこまないようにした。』
『そんなに苦しいなら、頼りにしている唯一の人が死ぬのが耐えられないなら、みんな死んでしまえばいい、でも私と嵯峨は生きていたい、いっしょにしないで』
と冷たく思っていた、という言葉には
自分にも近しい記憶と感情があるので共感というか、うんそうだよね、という頷く感覚があった。

『私たちが思い出すたび、天国の人たちには色がついて濃くなる』
という言い伝え?は実在のものか把握していないが、面白いなと思った。
良い考え方だと思う。

2015.6.25

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