2つめ。鶴岡八幡宮。

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切り株だけでも本当に大きくて、
倒れていなければ嘸かし雄大な景色だったろうにとネットの写真を見て思いました。

こちらの七福神は旗上弁財天社。鶴岡八幡宮の境内社です。
入ってきた方へ戻って、左手の橋を渡ったところ、
源氏池に浮かぶ島に建てられています。

源頼朝の旗挙げの際に、守護神として弁財天が現れたということで、
北条政子が建立したものとも伝わっています。

島の中には奉納された白旗がたくさん並んでいました。
裏には姫石(政子石とも呼ばれているそうです。)と呼ばれる陰陽石がありました。
夫婦円満と子宝の祈願石なのだそうです。

これがここの御朱印。

書いてくださった方がテーピングされていて、
畳もガムテープで補修されていて
ネットで調べたときの写真に写っていた書いてくださった方と同じ方だったので
積み重なった年月というかいろんなものになんだか圧倒されました。

今回頂いた7つの御朱印の内、こちらの御朱印が個人的には一番好きでした。

その寺社によって、というよりも書く人によってなのでしょうけど
印を押してから書く方、書いてから押す方といらして
そんなこともなんだか面白いなぁと思いました。

次は徒歩6分で宝戒寺。
拝観料100円。
天台宗で萩の名所でもあるようです。萩の柄のハンカチとかも売られていました。
北条義時以来の歴代の鎌倉幕府執権の屋敷地跡なのだそうです。1333年(元弘3年)5月22日、新田義貞の軍に追い詰められて東勝寺で自害した北条高時の慰霊のため、後醍醐天皇が建立したと言われています。
七福神は毘沙門天です。

御朱印はこちら。

ここの御朱印は、おばちゃんが寒い寒いと溜息をつきながら書いてくれた
いまいち有り難みの薄れる感じの御朱印となりました。。。
おばちゃんクオリティでタメ口だったしね。

寺社によって、というかこれも人によって、
面倒くさそうに取り敢えず書いてくれる人もいれば
ご苦労様ですと丁寧に言い添えてくださる方もいらっしゃいました。 

折角だから後者のような感じで御朱印を頂けた方が嬉しいですね。

次は徒歩4分、妙隆寺。(みょうりゅうじ)日蓮宗の寺院です。

この辺りは鎌倉幕府の有力な御家人だった千葉常胤の子孫、
胤貞の別邸跡なのだそうです。
一般には「千葉屋敷」とも呼ばれているようで、
胤貞が祖先追福のため、至徳二年(1385)に七堂伽藍を建立して
妙隆寺を創建しました。

七福神は寿老人。

とても丁寧で声に張りのある男性が書いて下さり、
ご苦労様でございますと言って頂き嬉しい気持ちになりました。

計画を立てていたときには位置関係を理解していなくて、
お土産は帰り際でいいかなと思っていたのですが
江ノ電で帰るから先にお土産を買うべきということにここで気が付き。

鎌倉八幡宮前の紅谷本店へ。

アイスギフトも始まっていて、他にも色々目移りしましたが購入。

順路へ戻って本覚寺へ向かいます。
日蓮宗の本山で、本尊は釈迦三尊像とのこと。
七福神は夷尊神。
昔は夷堂というお堂があって、源頼朝が鎌倉幕府の開幕の際に、
幕府の裏鬼門(南西)にあたる方向の鎮守として建てた
天台宗系のものだったそうです。
文永11年(1274年)に佐渡配流から帰った日蓮が一時、
この夷堂に滞在し、その後の永享8年(1436年)に
一乗院日出が日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め
本覚寺を創建したのだとか。(Wikipedia参照)

今までの寺社でも、墨と朱肉ではなく墨汁とスタンプパッドを使っているところも
あったのですが
なんとここに至ってはXstamper!
それ自体は別にいいのですけど、押した後特に拭いていないようで、
角の余分なインクもついちゃってシャチハタ感全開です。
しかも寒いのでセブン-イレブンのコーヒーを啜りながらの作業。
同じテーブルで。倒してコーヒーぶちまけでもしたらどうするのでしょう…。

知人から、四国八十八ヶ所巡りを書き損じたお詫びに
その御朱印を書いてくださった方が
そこまでの分を貰い直してきたというお話を聞いたことがあるのですけど、
御朱印巡りについてネットで調べていると、
間違ったところをぐりぐり塗りつぶされてがっかり、なんて言っている人もいて、
本当に対応も含めて色々なのですね。。。

これで鎌倉駅周辺は終了。
江ノ電で移動します!

《後編につづく》

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