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この本を取り上げたブログと、この本のタイトルに興味を持って読んでみた。
内容自体は面白い部分もあるが、ところどころ期待していた主題と離れて
結構偏っているなと感じ、
にも関わらずレビューの評価が割と高いので意外に思った。

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同じようなことを章を変え文章を少しだけ変え繰り返し語っている感じで
辛口レビューでも同じような評価を見かけたが
内容自体はそれこそ薄っぺらいかも。

心理学に関するところは面白かったが
よほど相談者の若者がスマホをうまく使えない人が多いのか
SNSが悪いような論調にはちょっとがっかりした。 

“こうしたポジティブすぎる人に限って、知識や物事の理解に深みがない。自己アピールの時代だといって、SNSで自分の知識をひけらかすような発信をする者が目立つが、受け売りばかりで何も理解していない”

こういう人が時々いるのは自分も頷くところだが、
それが簡潔にいうと若さとスマホのせい、というのはどうだろうか。

一昔前は電車で本や新聞を読んでいたのに、
最近はみんながスマホでSNSやネットサーフィンをしている、
という、以前ネットで話題になった
年配者のお決まりの決めつけがこの本の中にもあったが、
スマホは本も新聞も読める。
時代が変わり、ツールが変わっただけで、
人間のやることなど殆ど変わりはしない。
紙の本を捲っていれば高尚で、スマホをいじっていれば低俗だ、遊んでいるだけだと見做すのはどうなのだろうか。

プレゼンするときにメリットだけを述べて押すか
デメリットもきちんとあげて説明するか使い分けするというのは
面白かった。

ヒューリスティック思考(情報処理を極度に簡略化)で
あの人の紹介だから、と吟味しない人というのも確かにいるし
(そんな人に限って自分で調べなかった癖に後から文句も多い)
防衛的悲観主義者のところにあった
ポジティブばかりが良いとは限らないというのも同感である。

上を見て頑張るか下を見てあれよりマシと思うか であり
意識高い系のできるアピールが痛いアピールになっているという指摘も
自分の周りではFBユーザーに多いなと共感した。

「あなたが嫌いなんじゃない、あなたのためだから言う」
と子供に嫌われたくなくて言い訳をしないと注意できない親

試験勉強全然してないんだよね 」とうそぶくことで
試験が出来なかった時のために保険をかける
セルフハンディキャッピング
この辺りもなるほどと思って読んだ。

以前「

スマホやめますか、信大生やめますか 」がSNS上で炎上したが
この本でも素晴らしい提言として取り上げられている。

ソーハラという言葉を初めて聞いたが、
ソーシャル・ネットワーキング・サービスハラスメントのことらしい。
現代はなんでもかんでもハラスメントとして言葉が作られていくと感じる。

FBで「いいね!」ばかりが集まり
批判されたくない、議論にならないという傾向は確かにあるが
同質性を助長するものはSNSだけに限らないのではないか。
SNSを興味のないものや人に触れないで済む
としているが、自分の好きなものだけを選ぶのは
友人関係や本や漫画などなんでも同じだろう。

そしてまた後でSNS疲れに言及されているが
自分の好きなものだけを選べるなら疲れないのではとも思う。

自分の周りでは年齢関係なくコミュ症なんて言うが
大抵がネタで言っているし
コミュ力が高くないと人として扱ってもらえないという風潮は
自分としては実感が無い。
コミュ力重視でおしゃべりばかりで仕事が進まない社員が増えるというのは
もしかしたらそうなのかもしれないが、実際のところどうなのだろうか。
飽く迄も筆者の主観という感じがする。

調子が良く軽いノリ、真剣な話がしにくい関係
というのは、傍から見ていて薄いな、浅いなと感じるが
やはりこれも世代とは関係なく個人の資質の問題だと思う。

指摘や注意で反発、攻撃してくるというのも
最近の若い者に限った話ではないのではないだろうか。

同調圧力についてはマスコミで報じられるLINEの印象としてあるが
これもSNSに限った話ではないと思う。

個人的にはSNS疲れといって気疲れしてまで
やるものではないと思うし、
上司から友達申請があって、
見られたくないが断って気まずくなりたくもないなら
リスト分けして公開範囲を分けるなどいくらでも方法がある。

SNS疲れがある人とない人は、アンケート結果ではほぼ半々とあり、
疲れない人は友達を増やすことにばかり熱心で、
表面上うまくいくよう振る舞っているとされているが
そんな訳はなかろう。
疲れていない人は適度な距離感を理解し、
使いこなしているだけなのでは?

返事がないと不安になる”見捨てられ不安”も
SNSに限らないだろう。

JALの入社式の服装に個性がないというのは
マスコミや”就活の常識”を広めている企業のせいではないだろうか。
「若者の独自性欲求はどこへ消えたか」などと
若者のせいにするのは可笑しいと思う。

筋を通すのと丸く治めるのでは、アンケート結果が
全社が40%、後者の方が50%以上とあった。
気になって調べてみたところ、
1978年から2013年の間に8回行ったアンケートの結果が出てきた。
筋を通すのが38%~48%、

丸く治めるのが48%~57%で
後者の方が高い割合だが常に50%以上ではないし、
1978年は43%:51%であるのに対し、
2013年は46%:49%で最近の方が差がなくなってきているとも言える。

世のしきたりに反しても押し通すべきか
という設問なのであれば、
それは空気を読んで合わせるべきという回答が増えても当たり前だと思うし
これを『主義主張のない人が明らかに増加傾向』とするのは疑問である。

『「一人は寂しいやつ」と思うのは学生時代の感受性』と言うが
自分が社会人になって一人でお昼をとっていて
寂しいやつだと突っ込んできたのは年配の人だったし
やはりこれも若い人云々の話ではないと思う。

一人になったらスマホをいじるというのも
上記のとおり本など昔の暇つぶしのツールがスマホに置き換わっただけで、
スマホのせいで思索に耽ることができないというのは可笑しい。
『検索で出るのは人が整理した情報』というが、検索結果は
真偽不明で自分で精査が必要だし、これは文献などをあたっても同じだ。
むしろ検索すらしないで人に訊けば良いと思っている人も多いし、
調べるだけで自分で考えないのも若者だけの話ではない。

親に反抗できなかった人は自分ができていないといのは
そうした研究結果があるのだろうか?
自信がなく依存的になるとあるが。
親に反抗することで自分ができてくるというのも疑問である。

創造的な仕事をする人は孤独な時間を持っている、
風呂に入ってるときなどにアイディアが浮かぶ
というのも、大抵の人は風呂にスマホは持ち込まないし
持ち込んで長風呂するなら、スマホで読書したり
仕事をしたりするだろうし、
スマホがあれば常にSNSに縛られているというのは
一昔前の
『ポケベルや携帯を持たされて常に仕事に縛られている』
という年配者の発想と似たものを感じた。

ネットでもスマホでもSNSでもなんでも
ツールである以上使う人・使い方による。
スマホ=SNS→疲れる害のあるもの、
若者世代はこれだから云々、というような
レッテル貼りこそが人を疲れさせ
人を薄っぺらにするものだと思う。

2015.10.20

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