【読了】あるキング: 完全版 (新潮文庫)

ハードカバー版、文庫版、雑誌版と
同じ物語だから書き味が異なる3編が一冊にまとめられている。
読み味としては雑誌版が一番さっくり読める気がする。
個人的な好みは文庫版であったが、ハードカバーのずっしりとした
暗く重い読み応えもそれはそれで面白く、
完全版として出すという試み自体も面白いと思った。

本当はちょっと、読む度にちょっとずつ展開が良くなって
王求少年が救われる未来が読めないかとどこかで期待してしまった。
だがそれが無いところが、避けられない運命を思わせた。
解説にあったエドウィン・マルハウスは読んでいないが
『オウエンのために祈りを』は読んでいるので
確かに似たテイストを思わせた。
避けがたい自分の行く末を知った上で、それでもそこへ進むしか無く
しかしもはやそこには絶望ではなく、悟りのようなものがある。

以降ネタバレあり。

ストイックに”そこ”へ向かっていく王求を見ていて
バッティングセンターの店主が
プロ野球選手の成長を目の当たりにしているのではないかと感じ
役に立たねばという使命感を抱くというのはとてもよくわかる。

友人を助ける為とは言え、鋼球を額に向かって打つという行為の
思い切りの良さとでも言えば良いのか
その淡々とした、善悪を越えた行為に圧倒される。

お祈りの効果についての実験のエピソード、
眉唾ものと言いつつも、信じたい思いがある。
人の思いに、なにかの力があると思いたい。

paperbacsの扉裏にあったマクベスの
”fair is foul,and foul is fair.”の訳が様々で、興味深かった。

選手は弱いチームにいれば不幸で野球が楽しくないという先入観は
確かにあると思う。正しいことではないが、誰もが囚われがちだ。

恩人とも言えるバッティングセンターの店主が倒れたというとき
店主は王求との約束を果たす為に代理人を寄越す。
病院へ駆けつけようとする王求にかけられた言葉、
「おまえは野球をやれ、おまえの野球が、てっちゃんを救う」
「医者は向かい合った相手しか治せない。おまえはもっとすごい」
これには痺れた。
プロの道を断たれたかに見える少年を信じる言葉だ。

文庫版でついに明かされる、

南雲慎平太の引退の言葉。
「楽しかった」
弱小仙醍キングスに一生を捧げた南雲。
心ゆくままの活躍も出来ない内に、しかも不慮の事故で命を落とす南雲を
そして王求を、気の毒で可哀想だと思うことは、間違いなのかもしれない。
そう思いたいだけかもしれないが
彼らが不幸だというのは先入観でしかないのだ。

そして、祈りはなにかを変える、かもしれない。

2015.8.7