鹿の王 水底の橋 ネタバレあり感想

鹿の王 水底の橋 単行本 – 2019/3/27
上橋 菜穂子 (著)

続編と言うより、どちらかというと外伝といった感じの本作。
ファンがアクション要素がなく前作に比べれば淡々としているし、
ヴァンやユナが出てこないのは寂しいという人の気持ちもわかる。
だが、作家は謂わば潮来のようなもので、
たまたま見知ることができた物語しか書けないのだから仕方がない。
ファンそれぞれがヴァンやユナの未来を夢想すれば良いのだし
いつか続編が先生の中に湧いてくるかも知れないし、
その時にはそこに二人が出てくるかもしれないのだし、
と自分は受け止めている。

政治小説であり、医療小説であり、宗教の話でもあり
命や生き方について考えさせられた。
本作も大変読み応えのある物語だった。
前作を読んでいなくても、これだけでも楽しめると思う。
勿論前作を読んでいればより楽しめるだろう。

命を助ければそれで良いわけでもない。
この判断というのは本当に難しいところだ。
このあたりの元ネタが聖路加病院の方からのメールというのも
実際に最先端の医療に携わっておられる方が
そうしたことを考えてくださっていると思えてほっとする。

作中の医療について、日本の幕末の西洋と東洋の医療に関する
あれこれを思い出した。
どちらにも良いところがあり、補いあっていくことが
患者にとって良い選択を示せる可能性が高くなるはず。
そうしたことを考えながら読んだ。

どちらかと言えばホッサルの言う、可能性を諦めるのは
医師としてどうなのかという考えの方が共感するのだが、
本人が望むのなら安楽死という選択をし
痛みも苦しみもない状態で家族ときちんと別れをして
天国に行けると信じて旅立つという幸せもあると思うのだ。

幸せとはなんなのか。
答えのでない命題を、医師が自分に出来る医療という観点から
寄り添おうとしている。
「できることとできないことの線引きに嘘と諦めが紛れ込む危険」
があるというホッサルの主張は厳しくも正しいと感じた。

ミラルが患者に対して ”嘘” をつくこと、
それを申し開きするシーンに涙が出た。
こうして寄り添ってくれるオタワルの医術師がいる
ということが、清心教医術との共栄の未来を感じさせてくれる。

ホッサルが政治問題に巻き込まれていくきな臭さや
背筋が凍る雰囲気は流石上橋先生といった感じ。
大舞台でこそ起こってほしくないことが起こるので
鳴き合わせ、詩合わせが始まった時にはもう嫌な予感しかしなかった。
飽く迄も今回はホッサルが主役なので、
他の登場人物たちは脇役に回っておりあまり多くは描かれていない。
ただその中でもミラルに救いが用意されていたのは良かった。
優しく強かな女性だと思う。
彼女ならホッサルとの未来も、医療の未来も紡いでいってくれるのではないだろうか。