鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐ 単行本 – 2014/9/24
上橋 菜穂子 (著)

どの登場人物にも魅力があり
それぞれの立場や思想があって、感情移入してしまう。
リアリティがあり、怪我をしても何十人も相手に蹴散らしてしまう、のような
超人過ぎない適度な恰好良さがまた人間的で魅力だ。

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黒狼熱についての描写は非常にリアリティがあり
風土病や予防、免疫などさもありなんといった感じで
全く無理がなかった。
コントロール下に完璧におけるとは言いがたい細菌兵器の恐ろしさもまた感じた。

御前鷹狩りの襲撃の模様なども鬼気迫るものを感じ
本当に起きた事件のように読んだ。

遂に、ホッサルとヴァンが出会う。
予想されていた展開とは言え、ほっとするというのか胸が熱くなるというのか
ホッサルはきっと、ヴァンを悪いようにはしないはずだと思っていたので、感慨を覚えた。

犬の王という言葉が出てきたとき、表紙を思い返してはっとさせられた。

故国が無くなることは辛い。
だが、最早生活が変遷し、単に侵略者を追い払えば元の生活に戻れるというものでもなく
この辺りの複雑さ、もどかしさも読んでいて息苦しくなった。

ヴァンが一時の身の置き場と思っていたトマたちに対して
「もはや身内なのだ」と気がつく場面では胸が熱くなった。

焙烙を買っていたことからこの後の展開を予測していく過程はミステリのようなどきどきがあったし
これで終わりではなくどんどん展開していくのも読みごたえがあった。

体は国であり、森であるという描写には色々と思う所があった。
個々にしてみれば掛け替えの無いたったひとつの命なのだが
全体を見ればそのひとつひとつの生死は重要ではなく
生き死にを繰り返して全体が成立ち
ずっと生きていく。
大きな流れの中で自分に出来る最善を尽くし
藻掻く事こそが生きるということなのだ。

飛鹿の話で、群れから逸れた子鹿を守る為に
一頭の牡鹿が襲ってくる狼や山犬に対して
挑発して気を引くように、踊るように跳ねるというのがあった。
それを「鹿の王」と呼ぶが、それを英雄と持ち上げて憧れるのは違うのではないかと、ヴァンの父が言う。
幼いヴァンは、しかし逃げ遅れたものを助けるのは戦士務めではないのかと言うのだが、父は
「それは、それが出来る者がやることだ」と答える。
それが出来る心と身体を天から授かってしまった鹿。
その為に死地に押し出されてしまう悲哀。
鹿の話だけでなく、様々な現実の場面で
同じことが言えると思った。

居場所を見つけられたかに見えたヴァンの悲壮な覚悟。
無邪気にその後を追おうとするユナ。
どうか幸せが待っていて欲しいと願わずにはいられなかった。

2015.4.28

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