ヒュウゴの過去を描いた中編『炎路の旅人』と、バルサの短編『十五の我には』が収録されています。

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ヒュウゴは本編に出ていたときから立ち位置と言いキャラクターと言い気になる人物で、
NHKのドラマで鈴木亮平さんが演じられたことによりまた新たな魅力を感じました。
神の盾の息子だったヒュウゴ。王の槍の娘だったバルサと近い生い立ちと言えなくもありません。父を失い、今までの生活を奪われたヒュウゴ。

戦いの場所で敵になるのは何も相手の人物だけでなく、話を聞かなかったり冷静な判断ができなかったりする味方も敵になります。
折角のヒュウゴの機転も、冷静になれない大人たちに聞き入れられず、母も妹も従わなかったばかりにヒュウゴまで危ない目に遭う展開がもう読んでいて辛いです。

ヨアルとリュアンやジゴロ、また他の上橋先生の作品もそうなのですが、子供を助けてくれる”真っ当な大人”がいてくれることが救いになります。

もし自分がヒュウゴの立場にあったら、この先どうやって生きていくかなんてとても考えられない気がします。ヨアルの庇護下を出て行く勇気が持てないのではないでしょうか。
一人で生きる決意をするヒュウゴは本当に強いです。
味方がやられたことから喧嘩に行くときも、地面は土か、とチェックするところがのっけから違うヒュウゴ。
染み付いた武人の戦い方。

この時は味方がやられたからという理由でも、これをきっかけにならず者になっていってしまうのが悲しくも苦しいです。

この先の話ができる仲間がいないというのは、生きていく意味があるのかと思うほど辛いことだと思います。
タルシュの属国になったことが大した意味も持たない下働きの少年たちを見ていて、
国を守るために戦った自分たちはなんだったのかと辛くもなります。
どんな国のいつの時代も、庶民と武人階級の隔たりはこういったところにあるのでしょう。
それでも庶民に罪があるとは必ずしも言えず、彼らは生きていくことしか見ていないだけなのです。

そしてタルシュから金を貰って喜んでいるだけと思えた少年が、「兄貴の分まで稼ぐ」という発言。
それぞれがそれぞれの立場で様々なものを抱えているということが胸に突き刺さります。

ヒュウゴにしても、見るところから見たら同じ。バッタの話と同じなのです。
ヨゴ人の誇りを見つめ直し、この先を見据えたヒュウゴ。
本編に出るまでのヒュウゴの歩んだであろう苦労の道のりを思うと涙が出そうです。

父の鎧が篝火の光をはじいていた というような、上橋先生の言葉の選び方が情景を鮮やかに描いてくれ、
必要以上に登場人物たちに感情移入してしまいます。

バルサが”未熟”だった頃の話は以前にもありましたが
本作はよりジグロのひとりの男としての側面を感じられた気がしました。

シリーズを読み返したくなりました。

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