死神の浮力

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死神の精度の続編。
と言っても、時系列的には精度の半ばにあたるのだろう。前回と同じような短編集かと思い手にとったので、ひとつの仕事をじっくり書き下ろした長編だったのがやや意外だった。短編だからこそ映える設定かなと思っていたので。
本作だけでも十分楽しめるが、未読の方は死神の精度を合わせて読まれることをお勧めする。

死神という人間ではない存在である千葉。
彼の口から語られる言葉は突拍子もなく珍妙だが、
時々驚く程的を射ているのが相変わらず興味深い。
飽く迄も山野辺と千葉の視点から語られているので、
本城サイドの事情の内面などはわからない。
私はだからこその良さがあったのではと思う。
香川から伝えられる情報などが生きたし
彼女の存在感も増したと思う。

死神はただ仕事に来ているだけで
けして味方というわけではなく
山野辺たちに協力しているように見えて
彼らが困ることも平気でしてしまう訳なのだが
不意に人間臭く思えることもあるのが面白い。

伊坂作品全般に言えることかもしれないが、
タイトルの付け方が秀逸だと思う。
精度と言い、浮力と言い、想像力をかきたてるし
読んでいてはっとしたり、にやりとしたりする。
また、同じテーマが彼の作品には繰り返し繰り返し出てくる。
たとえば、音楽、父性、悪人などといった具合だ。
どうしようもない、本当の悪人というのも
今までの作品でも時折出てきていたが
本城の結末には驚いた。
明確な罰がくだされたと言えなくもなく
しかしそれは偶然であり、香川も千葉も
どの人間にも共感せずに下した結果なのだが
意外であり、山野辺たちの気持ちに立てば
彼らの手を下さず得られた結果であることにほっとする。

ミルグラムの実験は知っていたが、
アメリカでは25人に1人がサイコパスと言われている
というのは知らなかった。
25人に1人。もしこの割合が本当なら、
結構な高確率で、良心を持たない人間が
我々の周りにいることになる。
しかも、山野辺が入っていたとおり
24人の六割は上の人間に命令されれば従ってしまうかもしれない。
確かに、良心のある人間にとって、勝ち目がないとは言わないが、分は悪い。
15人対10人になれば劣勢側の人間の半数が勝ち馬に乗り換える。そうすれば20人対5人になってしまう。
だが、それならば何故良心のない人間が強く支配ゲームに生き残るのに、そんな人間ばかりになっていないのか。
香川と千葉という死神から出てきたこの疑問が
良心のある人間に僅かな希望を抱かせる。

全ての伏線が回収されていく過程も鮮やかで
敬意を払うということについて冒頭の方で話していて
面倒臭いことをしてくれた千葉に山野辺が感謝する件や
千葉の「(山野辺は)晩年も悪くなかった」という台詞など
小気味良く気持ちが温かになる。