燃えよ剣(上) (新潮文庫) (日本語) 文庫 – 1972/6/1
司馬 遼太郎 (著)

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幕末の動乱期を新選組副長として剣に生き剣に死んだ男、土方歳三の華麗なまでに頑な生涯を描く。武州石田村の百姓の子“バラガキのトシ”は、生来の喧嘩好きと組織作りの天性によって、浪人や百姓上りの寄せ集めにすぎなかった新選組を、当時最強の人間集団へと作りあげ、己れも思い及ばなかった波紋を日本の歴史に投じてゆく。「竜馬がゆく」と並び、“幕末もの”の頂点をなす長編。

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かなり前に読んだことがあり、その時あまりに腹が立って
特に感想メモを残していなかった為、もう一度読んでみた。
あれから時間が経ち、歴史についての勉強も更に進み
多少感じ方が変わるかという期待もあったが、より詳細に腹が立ってしまうだけに終わってしまった。

何に腹が立つかと言えば、大きく分けて
・新選組について描かれていない
・リスペクトが感じられない
・これを史実だと思う人が多くいる
という点だ。
この話が執筆された当時はまだ明らかになっていない史実もあるし
何よりこれはフィクションなのだから、史実通りではないことについては
問題ではないと思う。
=賊軍というイメージがまだ消えていなかった頃でもあり
その中でこの小説によって新選組のイメージが多少改善したという点は
評価するべきだとも思う。

だがそれを差し引いても、疑問がある。
司馬さんは薩長土肥派であり、その分『竜馬がゆく』などは面白い。
羽織紐をしゃぶってそれを振り回すというはっきり言って気持ち悪い人だし
この竜馬像が史実と思っている人が多いのも本作と同じく問題ではあるが
自分が書いたことが事実だと思われないようにと龍馬ではなく
竜馬とした、というエクスキューズはある。
燃えよ剣にそうした気遣いは無い。

竜馬がゆくと並行して執筆しており、新選組が嫌いだが書き始め
書き終えてちょっと好きになった、という程度のものなので
新選組へのリスペクトはこの小説から全く感じられないし
それも当然であろう。

物語全体を通して、近藤さんが愚鈍とされ
土方さんも近藤さんを尊敬している様子があまり無く
沖田さんも主義主張が無い男として書かれているのが納得行かない。

史実との比較は野暮とも思うが、あまりに史実とかけ離れた描写は
どうしても気になってしまう。
たとえば、まだ多摩にいる頃から沖田さんが発病しているが
当時の労咳が発病してから死去まで一年ほどであることを考えると
どう考えても発病が早すぎる。
池田屋で喀血してもまだ早い。

くらやみ祭は夜這いOKという書き出しから始まるのも疑問だ。
土方だけがおかしいわけではなく当時はそういうものだったのだ、という
注釈はあるものの、書き草が現代視点でしか無いので
気持ち悪く感じる。
当時の日本は今の感覚とは全く違い、裸は恥じるものではなかった。
エデンの園のようなものだ。
異国人見物に男女が風呂屋から裸のまま飛び出して集まり
異国人が驚いたという記述も残っているほどで
その感覚に於いて描かねば、本作の土方のように
色の好みの人斬りにしか読めなくなってしまう。

天然理心流についても芋道場、芋剣客とやたら描かれて辟易する。
天然理心流はけして田舎剣法でもなければ、丸太を振っている訳でもない。
相手を殺せれば良いという剣術でもない。
創始者の近藤内蔵之助に謝ってほしい気持ちだ。
況して道場主の近藤さんが自ら、謙遜でもなく武州の芋剣客などと
言うはずがない。
近藤さんは天然理心流を愛していて、誇りに思っていたはずだ。
でなければ養子に入って跡継ぎになろうともしないだろうし
自分がもし死んだら沖田に継がせるなどと考えるはずもない。

近藤さんは筆(て)が下手としているがそれは嘘である。
また、土方さんが近藤さんに誘われて嫌がっているが
実際は著名な書家本田覚庵の所に習いに行っていたほどで
お二人共美しい字を書かれる。
同じく、土方さんの俳句が下手だというのも失礼な話である。

新選組の名前が与えられた時期についてはいくつか説があるが
最初から新選組を名乗り始めるのは寂しい。
壬生浪士組から成り上がっていく過程こそが良さだと思うのだ。

山南さんと土方さんの仲が悪いことになっているのも気にかかる。
山南さんが切腹したことを郷里に伝える沖田さんの手紙について
最後に追伸のように切腹のことを書いているのだが
史実研究者でも「ついでで書く程度の軽い事だったのだ」と言う人も
「ついででしか書けないほど辛いことだったのだ」と言う人もいる。
自分は後者だと思う。
脱走自体謎が多いが、ただ土方が嫌いという子供のような理由で
行き先を告げての”脱走”は不自然だと思う。
山南さんが総長という職にあり、池田屋にも出陣していないことを
重用されていなかったからと言いたがる人がいるが
熱中症などにかかっていた隊士は多かったし、
岩城升屋事件での傷が実は深手だったという説もある上
屯所を固めるのも重要な役目である。
実際は、池田屋か丹虎かという二者択一ではなく
京の町を虱潰しに手分けして探し回ったはずで、
その間に屯所に攻め込まれる可能性も無いとは言えなかった。

桝屋を捕まえた時も、火を付けて禁裏様を盗む魂胆だと
その時点でわかっていたら、必死に拷問までして何を聞き出したかったのか
ということになってしまう。
山崎が刀を集めて鍵を開けておいたというのはフィクションとして
面白い設定と言えなくもないが
新選組が血眼になって夜の町を探し回った緊迫感も
その理由も伝わってこない。
折角土方さんを主人公にしたなら、人数の少ない近藤さん達の回ったルートが当たりを引いてしまい
20kgの鎧を来たまま灼熱の京都を
一日中走り回った末に池田屋まで駆けつけた時
どれだけ焦り仲間の無事を願いながら疲労困憊を押して走ったか
そういったことこそ描いて欲しい。

局中法度も、諸説あるものの基本創作である。
ルールは当然あったに違いないが、スパイ込みの烏合の衆をまとめるのに
キツめのルールがなければ寝首を書かれてしまう。
その辺りの背景のことも考えるべきだ。

芹沢さんをあまりにも近藤・土方が立てようとするところも疑問。
芹沢さんも謎の多い人なのでフィクションとして
設定を盛りたいところがあるのは理解できるが
乱暴で酒飲みで商家を焼き討ちするようなただのクズだったとは
とても考えられない。

藤堂平助が、攘夷のためにきたはずが、
攘夷をしないで幕府の爪牙となっている
新選組に不満を抱いており、
山南さんも攘夷の魁になるべきなのに攘夷志士を切っていると批判しているが
本来これは新選組として考えていたことだ。
実際、近藤さんはそれを不満として、江戸に帰ると届けを出して慰留されている。
ストレス性胃炎を起こしてもいる。
内部分裂の火種になるはずがなく、平助が不満を土方に言えば切られる
とするのも可笑しい。

近藤さんはとても勉強家で、どんどん吸収して
政治家としても渡り合わねばならない局面が後半になればなるほど出てくるが
そんな近藤さんが『田舎者で頭が悪い』訳がない。
田舎者から道場主、更に局長まで上り詰めた近藤さんを
ずっとサポートしてきた沖田・土方が尊敬してないとも思えない。
尊敬できない男なら、全てを捨てて上京し、命がけで付き従うはずもない。

土方さんを主義思想がない無知な男としているが、
単に司馬さんが土方さんをそう認識しているというだけだろう。
沖田さんが攘夷とか尊王とかどうでもいいと思っているのも可笑しい。
彼は試衛館メンバーの中では珍しい武士身分であった男な訳だし。
どうでもいいと思いながらふわふわ今日までついてきて
人を殺すのが楽しいという
一昔前の沖田総司のイメージは、こういうフィクションからきているのだろう。

主義主張にしても、天皇派・将軍派という感覚がそもそもどうだろうか。
当時は謂わば全員が『天皇派』だったのだ。
そこは、どちらにつくという話ではない。現代の天皇や首相の感覚では話が通じなくなる。
この辺りからも、司馬さんが討幕が正しかったと信じていることが伺える。

写真については、近藤先生の写真でよく出てくるものがあると思うが
あれを見てもわかるとおり、屋根には登っていないし
松本良順先生に勧められて撮った可能性が高いと思う。
白塗りにして屋根に登るというのは、照明やフラッシュの性能の問題で
少しでも明るく写す為の工夫だった。
動かずにじっとしていなければならないのも同様に機材の性能の問題だ。
しかし幕末ともなれば、湿板寫眞といっても30秒程度で良かったはず。
一々白塗りしていたかは甚だ疑問だし、
動かずにいろとは言われたにしろどうしてもずっと息を詰めていなければならなかったとも思えない。
息を止めていて『悪鬼のような形相』の近藤の写真が残ると土方が思っていることにされているが
多分近藤先生の顔を悪鬼と思っているのは司馬さんであろう。

土方さんが、近藤さんが伊東甲子太郎を先生と呼び自分は呼び捨てにする
と言うが、当たり前だ。
幼馴染で親友の土方さんと
誘って来てもらった有名な道場主なのである。
寧ろ二人でいるのに土方先生と呼ばれる方がむず痒かろう。

鴻池の金で近藤さんが遊び女を買っていて、更に
会津の外島さんはそれを知っていることになっているのも気になる。

まず、鴻池善右衛門から確かに金策はしている。
新撰組顛末記によれば夏支度のためである。
新選組は、発足当初はとにかく金がない。なぜなら無給だからだ。
雇い主に裏切られ無職になり、なんとか預かってもらっただけで
正式に雇われたわけではない。
後から会津藩からお金を貰ってすぐ返したという話もあるし、
この金で作ったのがあの羽織だとも言われる。
良い関係を保っていたとも、新選組を嫌っていたとも言われるが
この辺りは、その資料を書き残した人がどういう人物であるかを
見ていくのが面白い。
分家の鴻池善五郎家は筑前藩の蔵元であり、
この鴻池の名義で京と地元を行き来していた渕上郁太郎は
池田屋で新選組の襲撃を受け負傷しつつ脱出した人物だ。

この辺りの話は全く触れず、借りた金を使い込んだ、
しかもそれが近藤さんというのはちょっとありえない設定だと思う。

土方さんを本当の恋が出来ない男に仕立て上げているが
実際はラブレターを束にして郷里に送って自慢しているくらいだし
それがちょっとした小包くらいあったから、お菓子でも送ってくれたのかと
郷里ではわくわくして開けたのにという話が本当は面白い。

長州訊問使のくだりは、本作では伊東さんに煽てられて言いくるめられて
帰ってきて土方さんに呆れられる近藤さんだが、
当然これもありえない。
新選組の局長である自分が、たとえ名前を変えてとは言え
長州に行くことは命がけであると自覚していた。
実際には長州には入れてもられなかったわけだが、
行くことを決意した時には並々ならぬ覚悟があったのだ。

近藤さんは自分にもしものことがあったら、天然理心流は沖田さんに継がせたい、後のことは土方さんに託してあると
遺書めいた手紙を郷里に書いている。
しかも多忙故馬上で認めたという説もあるほどだ。
死を覚悟し、後を託せるのは土方さんと沖田さん。
新選組サイドから書くならば
そう近藤局長が思っていたことこそ書いて欲しいエピソードだ。

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